第2章 離婚計画
井上祐衣は自分のスマホを取り出し、そこに登録されている唯一の連絡先が井上颯人だけであることを見て、顔から血の気が引いていった。
失明した当初、井上颯人は彼女を守るという名目で、また失明してスマホを使えないからという理由で、ずっと彼が管理していたのだ。
だが、まさか井上颯人が彼女の友人の連絡先をすべて削除しているとは思いもしなかった。
この瞬間、彼女は自分が井上颯人の掌の上で踊らされる操り人形になっていたことに気づいた。誰に連絡すればいいのかさえわからない。
スマホを握る手に力がこもる。
しばし躊躇した後、彼女は親友の白石菜々緒に電話をかけた。
白石菜々緒は彼女の唯一の親友だったが、当初彼女が井上颯人と結婚することに猛反対し、二人の友情はそこで途絶えていた。
井上祐衣は不安で胸が押し潰されそうだった。白石菜々緒が電話に出てくれるかどうかもわからない。
ようやく電話が繋がった。
井上祐衣は震える小さな声で呼びかけた。
「菜々緒……」
白石菜々緒は一瞬息を呑み、興奮と信じられないといった様子で問い返した。
「祐衣、あんたなの?」
その言葉に、彼女はその場で涙をこぼしそうになった。全身の力を振り絞って目の奥の熱いものを抑え込み、努めて冷静に口を開く。
「私よ」
白石菜々緒は驚きの後、歯ぎしりするような声で言った。
「あんた、この数年本当に一度も連絡してこないなんて。私が電話しても出ないし。あの時はただの売り言葉に買い言葉で、井上颯人と結婚するなら絶交だなんて言ったけど、まさかあんたがここまで薄情だとは思わなかったわよ!」
親友の恋愛脳には腹を立てていたが、長年の友情が結婚ごときで切れるはずもなかったのだ。
井上祐衣は目を赤くして急いで説明した。
「連絡したくなかったわけじゃないの。井上颯人を助けるために交通事故に遭って、視神経が圧迫されて二年間失明していたの。今日やっと見えるようになったのよ」
白石菜々緒の声が急に八オクターブ上がった。
「事故で失明!? そんな大事、井上颯人は一言も漏らさなかったわよ。誰もあんたと連絡が取れなかったんだから」
彼女は伏し目がちに、苦渋に満ちた瞳で言った。
「以前は彼の言うことを信じていたわ。でも今わかったの、あれは私をコントロールするために彼が作り上げた嘘だったって。私が失明している間、彼は浮気をするだけじゃなく、外の女を家に連れ込んでいたの」
白石菜々緒は激昂して罵った。
「井上颯人、あいつ人間じゃないわね! どうしてあんたにそんな仕打ちができるの? 許せない、私が絶対にあんたの仇を討ってやる。この恨み晴らさでおくべきか!」
井上祐衣は疲れたように溜息をついた。その声には巨大な無力感が漂っていた。
「菜々緒、まずは落ち着いて。この二年間、私が失明した後、手持ちの株はすべて井上颯人に渡してしまったの。あなたは彼の相手じゃないわ」
長年夫婦をやっていれば、井上颯人の手口はわかる。
敵に対して、彼は決して容赦しない。
彼がこれほど早く財界で足場を固められたのも、そのスタイルのおかげだ。
「私は今、一刻も早く離婚したいだけ。でも勝算がどれくらいあるかわからないの」
白石菜々緒も同意した。
「弁護士に相談してみるわ。何か必要なことがあったら遠慮なく言って」
その言葉に、井上祐衣の心に暖流が流れた。
最初から最後まで、彼女が頼れるのは白石菜々緒だけだった。
「ありがとう、菜々緒」
「私とあんたの間で水臭いこと言わないで。でも、もし最後にあんたがやっぱり井上颯人を選ぶなんて言い出したら、私本当に怒るからね」
白石菜々緒は笑っていたが、後半の言葉で声のトーンが真剣になった。
井上祐衣は思わず笑ってしまい、すぐに頷いた。
「安心して。一度落ちた穴には二度と落ちないわ」
「うんうん」
電話を切った後、彼女は慎重に通話履歴を削除し、ベッドに横になった。それから間もなくして井上颯人が戻ってきた。
井上祐衣は隣に寄り添ってくる体温を感じ、吐き気を堪えた。
井上颯人は彼女の体に手を回し、優しく言った。
「祐衣、僕が毎日どれだけ君の目が治って僕の元に戻ってくることを願っていたか知ってるかい? 今、その願いがついに叶ったんだ」
彼女はその言葉を聞こえないふりをして、呼吸を整え、寝たふりを続けた。
書斎でのあれこれを見ていなければ、本当に信じてしまったかもしれない。
天も彼女が騙され続けているのを哀れに思い、視力を回復させて真実を見せてくれたのかもしれない。
反応がないので、井上颯人もすぐに眠りに落ちた。
井上祐衣はほぼ一睡もできずに朝を迎えた。
翌日、彼女が起きた時、一目でソファに座っている山田悠子が目に入った。相手は彼女のパジャマを着ていた。
彼女が出てきたのを見ると、山田悠子の目は挑発に満ちていた。パジャマの襟元を引き下げ、そこにある無数の曖昧なキスマークを見せつけてきたのだ。
昨夜、彼らがどれほど激しく愛し合ったかを伝えたいようだった。
彼女が見えないと知っているからこそ、山田悠子の挑発は大胆不敵だった。
井上祐衣は爪を掌に食い込ませ、山田悠子の頬を張り飛ばしたい衝動を必死に抑えた。
彼女は見えないふりを続け、手探りで前に進んだ。すると山田悠子が立ち上がり、足音を忍ばせて彼女の前に歩み寄り、右足を出した。明らかに足を引っ掛けようとしている。
彼女は心の中で冷笑し、遠慮なくその足を踏みつけた。
「きゃっ!」
山田悠子が悲鳴を上げた。
井上祐衣もそれに合わせて声を上げた。
井上颯人が声を聞きつけて部屋から飛び出し、切迫した様子で尋ねた。
「祐衣、どうしたんだ?」
井上祐衣は顔面蒼白で、声に驚いたかのように井上颯人の袖を強く掴んだ。
「颯人、家に誰かいるの? 私、今何かを踏んづけちゃったみたい」
井上颯人は痛みを堪えている山田悠子を警告の目で睨みつけると、怯える井上祐衣をなだめた。
「ここ数日、新しい家政婦が来ているんだよ。忘れたのかい? 昨日も用事で僕を訪ねてきただろう」
彼はそう言いながら山田悠子に目配せをした。
山田悠子は不承不承口を開いた。
「申し訳ありません、井上さん。わざとではありません」
井上祐衣は平然とした眼差しで彼女を見た。
「奥様、と呼ぶべきじゃないかしら?」
その一瞬、山田悠子は井上祐衣の目が回復しているのではないかと疑ったが、すぐに考えすぎだと自分を慰めた。あり得ない。
視神経の圧迫が二年、突然回復するはずがない。
山田悠子は歯を食いしばるようにして言った。
「はい、奥様」
井上祐衣はようやく頷いた。
「颯人、私、家に他人がいるのはあまり好きじゃないの。私が戻ってきたんだから、この家政婦は辞めさせて」
山田悠子の顔色が変わった。
井上颯人も心中穏やかではなく、焦点の合わない井上祐衣の目をじっと見つめた。
井上祐衣は回復していないはずだ。そうでなければ昨夜、山田悠子が自分の膝に乗っていたのを見て騒がないはずがない。
「祐衣、君の目はまだ完治していないし、僕は昼間仕事で忙しい。君のそばにずっといてあげられないから、家に誰か世話をする人がいた方が安心なんだ」
井上祐衣は彼の言葉を遮った。
「私、前に入院していた時に世話をしてくれたあの介護士さんがいいわ」
